東京公園雑記ブログ

現在続けている東京23区の公園調査で見聞きしたいろいろをご紹介します。

2012年

05月23日

(水曜日)

やけに低いステップ遊具

どんな形の、どんな素材のステップ遊具だろうと、どれもそれなりに「高さ」がある。そうでないと誰も遊んでくれない。例えば、新聞紙の上にマジックでステップ遊具らしい模様を書いてもぜんぜんつまらないのと同じだ。だからなにをどうしても、少しは高さ必要なのだ。必要十分条件として高さはなくてはならない。誰だって身長は欲しい。

それなのに、この「ステップ遊具」は高さがほとんどない。めり込んでしまったふうでもない。最初からこんなふうなのかもしれない。だったらわしの思い込みで、これはステップ遊具と思い込んでいたが、実はそうではなく、なにか地底人から暗号のようなものなのだろうか。それとも御世の墓標なのだろうか。それにしてはちょっと権威がなさ過ぎる。

勝手な想像はともかく、誰もここに遊びに来ないまぁーと思っていたら、母親に連れられた小さな女の子がやって来た。が素通りされた。やっぱり誰も、これが遊具だとは思っていないようだ。まぁー失敗と後悔は生きていりゃー誰にでもつきものだ。カビの生えた言葉に「失敗は成功のもと」と言うではないか。

いや待て待て、これは失敗などではなく、「これでいいんだ」とは考えられないだろうか、と書いて、その後を続けたいのだが、何も浮かんでこない。失敗を糧にするような生き方をぜんぜんしてこなかったのもまた自分の失敗だった・・・。終わり。
やけに低いステップ遊具
やけに低いステップ遊具

2012年

05月22日

(火曜日)

蛾だろう。
蛾と蝶の明確な区別はないと言われる。確かに蝶は昼間に飛び、蛾は夜に飛びまわるなどといわれるが、これは全くのデタラメ。まぁー蝶と呼ばれる仲間はあんがい人に好かれ、絶滅危惧種などともてはやされるが、蛾と分類(勝手に)される輩は汚く不潔な昆虫と呼ばれているあたりが落ちではないだろうか。
確かに間違った酷い差別だが、人間は差別なしでは生きていけない情けない動物なので、これからもずっと全てのモノやコトについて謂れのない差別を繰り返した挙句、あっけなく絶滅するのだろう。わしとしては「ざまぁー見ろ」と言いたい。文明や文化や英知といった、わざとらしいデマゴギーが全て無くなるのは49パーセントぐらい良いことかもしれない。

昼間、ちょっとテレビのニュースを見たら、今日がスカイツリーの開花日じゃなくて、開場日だとうるさくやっていた。新聞は号外を出したと言う。もうずっと前から、新聞やテレビ、そして大手のマスコミは狂っていると思っていたが、その認識は間違っていないことが、こうした「報道らきもの」からも読み取れた。百歩譲ってもくだらないの一言だ。よほど日本人は堕落したのだろう。昔から言うではないか「馬鹿となんとかは高いところが好き」と。煙だってほっておけば天までのびる。

どうでもいいことだが、スカイツリーなんかには蛾の一匹もやってこないだろう。わりと近くに流れる大横川親水公園にはちゃんとした水辺やビオトープもあり、糸トンボなんかもいっぱい飛ぶ。蝶も蛾も仲良く男漁りをしている。しかし、こいつらは間違ってもスカイツリー見物なんかにいかない。ちっちゃな水辺で子孫を残し、短い命を終える。しかし、度胸の据わるスズメバチの一団何なんかがスカイツリー攻撃なんかに出かけたら、そりゃー大変なことになるだろう。防戦するスカイツリー自警団一派は催涙弾から火炎放射器まで持ち出し、壊滅をはじめるだろう。それをブルブル震えながら、「神様仏様・・・」とお祈りするしかない善良な市民は「ハチに世界最高の文明が負けるはずはない」と妄信する。傲慢なニンゲンどもはいつもそう考える。

「世界最高」はいつだって人々を裏切る。戦艦大和だって、神風だって、バブルだって、経済大国だって、徳川だって・・・みんな崩壊した。昆虫一匹立ち入れないようなバケモノなど、足で簡単に踏み潰せる昆虫にやられることだってあることを恐れないといけない。

なんか今日も蛾とは全く無縁な酷い話になってしまった・・・申し訳ない・・・。

撮影日:平成24年5月13日

蛾

2012年

05月21日

(月曜日)

公園内の地下道(トンネル)

公園内の地下道(トンネル)
公園内の地下道(トンネル)
公園内の地下道(トンネル)
公園には地下道(トンネル)もある。同じことを以前にも書いた。

わりと立派な緑道にはかなり長いものもある。だから幹線道路を横切ったりもするので、地下道もある。元々は川や用水路なんかが通っていた場所が緑道になっているので、幹線道路よりずっと昔からそこにあった。だから道路なんかには敬われることはあっても、「生意気だ」とか「邪魔だ」といわれる筋合いはない。だいたい幹線道路のほうが圧倒的に邪魔だし、迷惑だし、煩いし、汚らしいのだ。

だからと言っても、幹線道路と単なる緑道では力関係がぜんぜん違う。圧倒的に上から目線なのは道路で、その関係は象と蟻の違いぐらいあるだろう。だから細々とした短い地下道を幹線道路に気を使いながら「通して頂く」しかない。それがこんな地下道(トンネル)だ。
日曜日の真昼間にも係らず、じとっと湿っていて、誰も通らない。ドブネズミぐらいいないのかと探してみたが、それすら現われない。夜遅く、ここを通る人もいないだろうが、昼間だってあんがい気持ち悪いし、照明もいまいちだ。この地下道の先には、緑道としては珍しく遊具コーナーもあったが、あっちの方からくる人々はあの地下道を通ってくるのだろうか。勇気と無茶の攻め際いなんてカビの生えた言葉を思い出す。

地下道やトンネルではないが、植物をかけたアーケードのようなものもは多くの公園で見られる。薔薇をかけていたりするものも見られる。毎年、春と秋、薔薇の咲く季節にどこかの公園で薔薇の写真をいっぱい撮ってくる。それを飽きずに毎年、「公園の木の花ブログ」か「東京公園雑記ブログ」のどちらかにアップしてきた。特別薔薇が好きではないが、みんなが好きかもしれないと勝手に想像して、そんなことをしてきた。しかしそれも今年は飽きた。2.3枚の薔薇写真はアップするが、今回はそれだけ。ただし、動画としてゴールドハニー、カガヤキ、テキーラ、セイカ、チャールストンの計5種を以下のページにアップした。
公園情報センターの動画ページ
http://peevee.tv/2g_mypage.jspx?usernumber=10751
興味のある方は覗いて見てください。

他にアーケードにかけてあるのは、アケビやムベ、そしてキーウィフルーツやブドウなんかもある。

地下道やトンネルに比べると、吊り橋なんかのほうが圧倒的に明るいが、ずっと足元が不安な生活を送ってきたわしは結局、どちらも好きではない。公園には笑っちゃうような吊り橋もあるのだ。

幸せな家族と明るい食卓なんて言う妄想にも縁がなく、今日も小汚いババァーが一人でやっている食堂で表メニューだが裏メニューだがなんだか分からない、旨くも不味くもないご飯を食べて一日が終わる。ただ、よく分からないのは、それが千円もするのに、今日もまた行くわし自身の無謀な精神構造だ。

2012年

05月20日

(日曜日)

ハサミ

忘れ物や落し物は種類を選ばない。
家族のことを忘れることもあれば、自分自身のことが思い出せないことだってあるかもしれない。
「死んだらどうなるのだろうか」とぼんやり考えたことのある人は多いだろう。みんなそれを知らないが、確実に人は死ぬ。嫌だ嫌いだと喚いてもみんな死んでいく。もう江戸時代に生きていた人は一人も生きていないのは確かだ。しかしそれは一般的ななことで、個別のことは別の話だ。個別のことには多種多様で複雑な人間関係が付いてまわる。それが「楽しかった」こともあるだろうし、「悔しい」ことや嫉妬や恨み、そして出来のいい人には「感謝」なんかもあるかもしれない。

公園での忘れ物や落し物については今までも何回か書いている。それと似ているものには捨てられたものや隠されたものもある。いつだったか、小学生用のランドセルがトイレの裏に置かれていたのを見たことがある。ちょっと意味ありげだったので、そのままにしておいた。だから中に何が入っていたのかは知らない。まぁーよほどのことがないと子ども用ランドセルは捨てない。だが、ランドセルも時間の経過と共に結局は処分される。「燃やすゴミ」に出されるのか、ミニチュアランドセルにつくり変えて、インテリアとして残される幸せなランドセルなど例外かもしれない。

数年前、母親が一人で住んでいた家を処分することになり、兄弟みんなで家の中を整理したら、いろいろなものが魔法のように出てきた。しかしその中に子どもたちが使ったはずのランドセルなど一つもなかった。親にとっても子どもたち自身にとっても、それほど大切なものではなかったのかもしれない。他の兄弟のことは知らないが、50点以下のテスト用紙しかランドセルに入れることのなかったわしに良い思い出は少ない。給食費も給食袋も体操着も上履きもみんな好きじゃなかった。

写真のこれはハサミ。なぜこんなものが公園に落ちているのかなんて考えてはいけない。最初にも書いたとおり、なんでもありなのだ。だからよけいなことを考えても意味はない。ただ犯罪とは関係ないことを祈るだけだ・・・。

ハサミ

2012年

05月19日

(土曜日)

水遊び場(ドロ遊び場)

水遊び場(ドロ遊び場)
水遊び場(ドロ遊び場)

これは水の流れ込むドロ遊び場。
こんなことまでしてやる公園管理とはいったいなんなのだろうか。プレイパークの悪い影響なのだろうか・・・。
わしはプレイパークは好きじゃないが、そのことは以前に何度も書いているのでここでは記さまい。あえて言わなくてもいい、こんなことばかりをくっちゃべるから余計に嫌われるのだ。別に何とも思わないし、ビンボーだから何も影響ない。

子どものドロ遊びなんて、あとで母親に叱られることを頭の隅に置きながらも、勢いやそのときのムードでやってしまうフライングのような遊びなので、決して堂々とやるものではない。便所の裏とか・・・そんなところでやる遊びで、わしのような常識と保守色に蝕まれたニンゲンは決して水飲みなんかをドロだらけにしてやる遊びではないと思っていた。コソコソといじけてやる汚い遊びでしかない。
ドロ遊びで人間性が豊かになるなんてことは一欠けらもない。もし何かがあるとすれば、それは一人ぼっちで遊んでいても、それほどつまらなくはないと言う思いぐらいだった。同じ公園や空き地のあっちとこっちで見知らぬ子どもが同時にドロ遊びをしているシーンなんかが、その当時はよくあった。子どもは大人と違う意味で偏屈なところがある。

写真のような施設をつくって喜ぶ管理者もノータリンだが、ここで嬉々として喜ぶ子どももあまり感心しない。子どもはもっと「大志を抱け」・・・できれはみんながくだらないと思う大志がいい。でもわしが「大志を抱け」というなんて世も末だ。大人だって、ジジィー・ババァーだってもつともっと大志を抱け。

2012年

05月18日

(金曜日)

この虫は

この虫は蛾か蝶の幼虫かもしれない。
毛虫や青虫が好きで、今年のゴールデンウィークは伊豆の熱川あたりに行ってミカンの花の写真を撮りつつ、毛虫などの写真や動画をいっぱい撮ろうと予定していたが、後半は雨ばかりで予定が狂った。
東伊豆あたりの日当たりのいい斜面にはミカンの木がいっぱい植えてあるが、耕作放棄地もまたいっぱいあって、そんな木に毛虫や青虫がわんさかいるのだ。誰もなんにもしないので、人通りの少ない細い道では野鳥がいっぱい飛んできて、時間制限なしの食べ放題で、ヒヨドリなんかみんなぶよぶよ太っている。肥満大国なのだ。
しかしわしは何にも調べないので、いろいろいっぱいいる毛虫たちの種類はぜんぜんわからない。分かれば少しは嬉しいのかもしれないが、別段どうでもいいのだ。虫を見ているだけで楽しいのだ。

その何年か前、東海道の二宮駅から坂を上っていき、ミカン畑の中をぼんやり歩いていたら、温州ミカンの収穫をしていたおばちゃんや婆さんたちから、「手伝っていけ」と脅され、帰りにはミカンを山のようにもらった。あまりに多いので、帰りの東海道線の中で近くに座っていた人たちにいっぱいあげた。みんなミカンには飽きているようだったが、わしの顔が鬼気迫っていたのか、つくり笑顔で食べてくれた。

これからの季節、里山形の公園に限らず、小さくて粗末な遊具公園の植え込み地なんかでも昆虫が見られる。カマキリなんかが多いが、ナナフシや巨大なバッタ(メスで、オスは小さい)なんかもいる。テントウムシの幼虫は丸くないなんて凄いことも発見した。

何年か前の夏休み、小さな公園で男の子が金属バットで木にたかっていたセミを片っ端から打ち殺していたシーンにぶつかった。男の子に「面白いか」と聞くも返事がない。顔に汗をいっぱいかいても一向に止める気配が無い。心の闇は誰もなかなか晴れない・・・。
撮影日:平成24年5月13日

この虫は
この虫は

2012年

05月17日

(木曜日)

子ども用ジャブジャブ施設-2012-その2

公園の木の花ブログとは違い、こちらでは「その-2や、その-3・・・」は基本的にしないのだが、子ども用ジャブジャブ施設-2012の写真がまだあったので、その掟を破ることにした。
掟破りは往々にして誹謗中傷されるものだが、ここではわしがいろいろ人迷惑なことばかり書いているので・・・誰か立派な人がこのブログをたしなめてくれないかなぁーなどと考える昨今なのだ。しかし世間的に立派な人は、こんなよぼよぼジジィーの書く戯言などに今更誰も気に留めない。だからわしはさらに拍車がかかって世迷言をだらだらと続けるのだ。

そういえば、ずっと前、江東区の深川あたりに造られた親水緑道のせせらぎに天然のアサリが現われた、などとニュースになったことがある。知人が近くに住んでいるので訊ねてみると、「小さいが確かにある。あんがいある・・・」という。人とマスコミを信用しないわしは後日見に行くと確かにアサリがいた。ハゼもいたし、エビもいた。

わしはあんがい潮干狩り好きなのである。
若い頃は女の子をとっかえひっかえして一緒に潮干狩りに行った。みんな最初のうちは喜ぶのだが、わしがアサリを食べられないと知ると、「弱虫」とかなんとかほざいて、せっかく取ったアサリを捨てて、帰ってしまうのだ。だって仕方ないだろう、嫌いなものは嫌いなのだから・・・。だいたい潮干狩り好きがアサリ好きと決まっているなんて誰が言いふらしたんだ。

わしがよく行く「しまむら」の近くに公団住宅群があり、その中にスーパーマーケットがある。その前が少し広い広場になっていて、そこに幼児用の水遊びジャブジャブ施設があり、夏の間だけ水を流す。近くにはあんがい立派な公園のジャブジャブ施設もあるのだが、こちらはこちらでそれなりに人気があり、団地の憩いの場になっている。

そう言えば、大田区か神奈川あたりを走る電車の駅前広場に子ども用水遊びジャブジャブ施設があったのにはビックリした。

ことしもまた、多くの日本人は誰も悪いことをしていないのに猛暑に痛めつけられる。わしもその季節が最も忙しい。心頭滅却などしないで仕事をしているので、暑さで朦朧としながら仕事をこなす。
その季節になると、干からびたミミズなんかがやたらと目に付く。あー俺も同じだとつぶやきながら、いつまでも終わらない仕事にまた向き合う夏がそろそろやってくる・・・。
撮影日:平成24年4月29日

子ども用ジャブジャブ施設-2012-その2
子ども用ジャブジャブ施設-2012-その2
子ども用ジャブジャブ施設-2012-その2

2012年

05月16日

(水曜日)

水飲み

水飲み
水飲み

タヌキが空気ボンベを持っているような水飲み。
タヌキと水って何か関係でもあるのだろうか。「かちかち山のタヌキさん」ぐらいしか思い浮かばない。幼稚園中退はだからダメなんだと言われそうだ。

人間界を惑わす動物モノで言うなら、ゲゲゲの鬼太郎に出てくるネズミ男が最高だ。あいつがいないと話が回らない。狂言回しとでも言うのだろうか。物語ではそれが往々にしてオンナでもある。ルパン3世に出てくる峰不二子ちゃんあたりが最高に人間らしい性格をしている。ネズミ男もいたく人間的だ。褒めていいのか悪いのかは難しいところだが、指を咥えて、ただ過ぎていくのをじっと見ている善人よりも元気があるのは確かだ。
誰の言葉か知らないが「元気があればなんでもできる」とは、つまらないプロレスラーのヘッドコピーにも見えてしまうが、実はネズミ男や峰不二子ちゃんに捧げた言葉としたら、酷く時代遅れな合いの手ではないか。彼や彼女はもうずっと前から元気で、善人どもを弄んでいる。

公園の水飲みもいろいろな形がある。
だいぶ前からの流行はユニバーサルデザインの水飲みだ。車椅子の人々でも水が飲めたり、手を洗えたりする形のものだ。今はどんな公園へ行ってもそんなものばかりだ。これは公園の水が信用に足りるものと言う大前提にたっているが、これこそ大錯覚であることを管理者は考えてもいないようだ。
蛇口に糞を塗りつける者、愛犬を洗う者、作業用の道具を洗う者、洗濯する者、水トロボーをする者・・・これみんな公園を愛する善人たちなのだ。そんな水場の水を車椅子でやって来る人が飲むだろうか。よしんば、その水飲みがきれいだったとしても、健康に一抹の不安を抱える人やその介護者はいまどきみんな水筒持参で公園へやって来る。それが公園だと言うことをみんなはちゃんと知っている。知ってやって来ているのだ。

わしが今までに見た水飲みには以下のようなものがあった。
象さん形。これは長い鼻で水を飲むことから想像されたのかもしれない。
ペリカンさん形。これは意味が分からない。
ヒヨコさん形。これも意味が分からない。
ライオン形。これも意味が分からない。
パンダさん形。これも意味が分からない。
キリンさん形。これも意味が分からない。
波形。波は水の形だからなのだろうか。
バス形。これも意味が分からない。
SL形。これも意味が分からない。
ロケット形。これも意味が分からない。
スイカ形。食べるとみずみずしいからの連想か。
鯉形。川や池にいるからなのだろうか。
カエル形。水と縁のある生きものだからなのだろうか。
カッパ形。これが変り種としても最も多い。
またまだあるのだが、バカバカしくて書いていられない。
少なくとも、ここにオシッコを引っかけていくようなことをするのは野良猫ぐらいにしてほしいものだ。

2012年

05月15日

(火曜日)

カメ(付録の写真&ミニ記事付き)

カメ(付録の写真&ミニ記事付き)
カメ(付録の写真&ミニ記事付き)

わしが公園の池などで見る限り、近頃のカメ君はいつも甲羅干しをしている。もしかするとカメが進化のプロセスで陸上にいる時間が圧倒的に長くなり、あと3000年ぐらいで、立派な地上生物になるのかもしれない。これで本格的なガメラ時代がやってきたら面白い。久しぶりに東京タワーの出番だろう。
などと思ってカメを見ていても一向に怪獣らしくは見えない。わしは怪獣と恐竜とバカオンナの区別ができない。どのみち、とれとも縁が無く過ごしてきたので、米粒ほどの後悔もない。あるとすれば・・・アレだけだが・・・詳しいことは書けない。

久しぶりにいつもと違う郊外の里山型の公園に来たが、もう野草の季節も終わり、あまり楽しくない。
もう少し季節が進めば、昆虫なんかもいろいろ出てくるのだろうが、今はほとんど見ない。コゲラが捕まえたエサを咥えて枝の上をちょこまか動くのは可愛らしいが、サンコウチョウなどまるで見えない。どこかで聞き覚えのある野鳥の鳴き声がしたが、姿は見えなかった。ただ、公園にしてはめずらしく麦畑があって、もう実をいっぱい付けていたのが妙に素敵だった。これを見ると「サントリー」が頭に浮かぶのはコマーシャルにやられているからなのだろうか。

さして楽しくないので、さっさと切り上げ、橋を渡って駅に向かったのだが、橋の中央部で川面を見下ろすと、川岸に人がいるのが見えた。その男性は小さな女の子をガチッと抱えて、岩の上に座り込み、二人して川なのか、流れなのかは分からないが、そんなものをずっと見ている。何か楽しそうに話しているのかもしれないが、橋の上からでは分からない。子どもは直ぐに動くので、ガチッと抱えているお父さんの姿がとてもよかった。子どもは親に強く抱きしめられたことはずっと忘れないと昔聞いたことがある。

このブログでは公園で写した写真以外はほとんどアップしないのだが、今日はめずらしくアップする。
だいたい、タイトルと内容がめちゃくちゃ違うのだけは、いつものこと。
撮影日:平成24年5月13日

カメ(付録の写真&ミニ記事付き)
カメ(付録の写真&ミニ記事付き)
カメ(付録の写真&ミニ記事付き)

2012年

05月14日

(月曜日)

クモ

クモ
クモ

蜘蛛のことはなにも知らない。蜘蛛のことならなんでも知っている人のほうが圧倒的に少ないだろう。だが、それがどうだとも思わない。まぁー蜘蛛のいろんなことを知っていれば、驚きビックリする人々もいるかもしれないが、社会的には変人扱いでしかない。やっぱり知っているなら、おいしいイタメシ屋とか、カッコいいクラブとか、いかした靴をつくってくれる職人さんとかがいるお店のことで・・・どこの日高屋のラーメンが一番おいしいとか、どこのホッピーが一番安いとか、どんな種類の木にいちばん虫が付いているとかを知っていても、誰からも褒められない。敬遠されるだけだ。

蜘蛛といえば、日記を思い出す。
まだブログなんて便利なものが登場する前、わしはネット上で「神田川観察記」と「ピアス猫日記」の二つを書いていた。いかがわしいフリーライターをやって細々と飯を食っていたが、あんまりくだらないことばかりを書くので仕事が激減し、大変な時期だった。さりとて、あんがい信念をもって駄文を書いていたので、くだらんちょうちん記事やパブ記事、そしてバーター記事の仕事は全部断っていた、いや頭を下げても誰も仕事を依頼してこなくなった。そんなときに上記の二つの日記をネット上で始めたのだ。しかしこれは仕事でもなんでもないので、当然銭にはならない。飢えはいっこうに改善されなかったが、ピアスをした野良猫姉弟を見ていたり、神田川ぞいのメグスリノキの花なんかを見ていると、もう少し生きないといけないかぁーと少しずつ社会復帰も視野に入れていた。ピアス猫日記についてはいつか書くことがなくなったら書いてみるかもしれないので、今日は神田川観察記について少々述べてみる。

確かスタートはサザンカが咲きはじめたころだった。当然神田川沿いに咲くサザンカの花ばかりの写真と日記を書いた。次は神田川を泳ぐカルガモのことを書いた。次に空や雲のことばかりを書いた。それから神田川の側道を毎日ジョギングする若者のことを書いた。次は毎日散歩する老夫婦のことを書いた。次は毎日顔をあわせる野良猫のことを書いた。次は蚊柱になるユスリカについて書いた。次は近所のお団子屋さんのことを書いた。次は近所の質屋のことを書いた。そして桜の花が咲き、川面を絨毯のように流れる桜の花びらのことを書くと、もう書くことが無くなった。しかたないので、それからは毎日毎日、暑いの暑いの・・・と蜘蛛と蜘蛛の巣の写真と話ばかりを書いた。

そんな日記に一度だけコメントがあった。内容は「・・・他に書くことはないのですか・・・無駄ですねぇー」とあった。無駄というのは、あんがい人にとって相当な認識の違いがあるようだが、このときは珍しく知らない人と意見が合った。しかしそれは、わしがわし自身のための社会復帰のためにぜひやりたかったことの一つだなんて、このコメントをくれた人は思ってもいなかったに違いない。

それから半年ぐらいこの日記を書き続け、一年が経ってこの神田川観察記は終了した。そして半年ぐらいしただろうか、この日記に唯一「・・・他に書くことはないのですか・・・無駄ですねぇー」とコメントしてくれた人から「文章を書いてくれないか」と依頼された。それで社会復帰ができ、書く仕事も順調になったが、この人が亡くなったのを機会に文章を書く仕事から足を洗い、今の仕事に精を出し、満足している。

だから神田川を見るといろいろなことを考えてしまう。それ以上に、このどこにでもいる蜘蛛(たぶんジョロウグモだろう)を見るともっともっといろんなことを考える。そして「・・・他に書くことはないのですか・・・無駄ですねぇー」なんて字句を思い出すと、もっともっともっと人との不思議な出会いについても考えてしまう。そして涙が止まらなくなるのだ・・・。

 | 

 プロフィール 

東京公園雑記管理人

  • Author:東京公園雑記管理人
  • 公園情報センターのブログ「東京公園雑記」です。
    現在、おこなっている東京23区公園全データ・最新版における調査で、見聞きするいろいろを書きます。
    暑いときは熱い話を、寒いときは冷静な話などを書いていければと思います。写真は全てに添付します。
    ご期待ください。

 最近のトラックバック 

 カテゴリー 
 ブロとも申請フォーム