東京公園雑記ブログ

現在続けている東京23区の公園調査で見聞きしたいろいろをご紹介します。

2016年

10月01日

(土曜日)

キンモクセイとギンモクセイ

キンモクセイとギンモクセイ
キンモクセイとギンモクセイ
キンモクセイとギンモクセイ
キンモクセイとギンモクセイ
今日、公園に行ったら街中同様にキンモクセイもギンモクセイも満開だった。こんなに何処も此処も一緒なのはソメイヨシノやヒガンバナに似ている。しかしこの二つに関して、これ以上書くことはないようだ。そうそう、ものの本によると、ギンモクセイのほうが最初で、後からキンモクセイが出てきたと言う。事実かどうかはよく分からない。これから数日間は街中がこの素敵な香りで嬉しい。嬉しいけれど、この時期は秋雨前線が停滞する時期に重なるので、雨で落ちた小さな花でつまらないコンクリートの地べたが一瞬華やぐ。それもまた桜の花筏のようで妙に美しい。

公園の帰り、駅近くの小学校前を通ると、大音量の音楽が流れてきた。リオオリンピック・パラリンピックを放送するNHKが毎日のように流していた安室奈美恵のあの曲である。小学校で行われていたのは地区の子どもたちの運動会のようなものだった。かなに小さな子供たちも混じっていた。小学校の運動会ではないようだった。

そういえば、今年のリオで最も印象的だったのは試合そのものではなく、当然メダル争いでもなかった。民放でいっぱい流された「リオオリンピック・パラリンピック」を成功させるための広報広告のようなもので、各種目の現役有名人と共に最後にパラリンピックに出場予定の選手が出てきて、こう言うのだ。
「頑張るのが好きです」。
他愛無い言葉だが、何故か私の心を強く揺すった。
私もジジイーになったが、恥ずかしいことを言わせて頂けるのなら、あんがい私も頑張り屋さんなのだ。でも好きではない。仕方なしに頑張っているが、自分のためだけに頑張るのは限界がある。家族のために、好きな人のためにとか、プール付きの家を建てたいとか・・・なんでもいいが、多少他の人のためにがないと、続けられない。あのパラリンピック選手も自分のためだけではなく、家族や友人、そしてお世話になっている人々のためにも頑張ることが大前提になっているのだろう。そうでなければあんなに素敵な表情で「頑張るのが好きです」なんて言えない。言ってもテレビのこっち側にいる有象無象に伝わるものではない。

この選手がどんな結果を出したのかは知らない。特段、知る必要もないと思っている。好きな全力を出し切れば、自分を裏切ったことには決してならない。たぶん、本当の財産とはそういうことではないだろうか・・・。
撮影日:平成28年10月1日

2016年

09月30日

(金曜日)

キンモクセイ

今日は写真はありません。
勝手な話だが、ずいぶんと長い間キンモクセイの開花を待っていたら、今日のようにメチャクチャ忙しい日に限って、そこここであの素敵な香りを放って開花していた。わたしも相当に自分勝手な人間だけど、平気で私の思いを蹴散らすキンモクセイも相当にやり手の植物だ。
と言うことで、今日は夜中まで仕事をしないといけないので、ここまでてお許しを頂きたい。たぶん明日は満開のキンモクセイ写真をアップするかもしれません。
皆さんは、よい週末でしょうね・・・。

2016年

09月29日

(木曜日)

マンリョウ

マンリョウ
マンリョウ
マンリョウが実を付け始めた。まだ真っ青だが、季節が進むと真っ赤に色づく。
季節も同じころ、似たような感じの植物がある。それがセンリヨウだ。こちらもマンリョウ同様にお正月の縁起物に捧げられる。今年はまだセンリヨウの実に気付いていないが、もうどこかで実を付けていると思う。科も属も違い、全く無関係の植物だが、同じころに同じように実を付けるから、どうしても兄弟のように映る。しかし見分け方は簡単だ。マンリョウは葉っぱの下に実を付け、センリヨウは葉っぱの上に実を付ける。本当の兄弟なら、マンリョウが上で、センリヨウが下のような気がするが、どちらにしろ、それも私の勝手な思い込みに過ぎない。

「兄弟は似ている」とよく言われるが、確かにそんな気もするが、あんがいそうでもない気もする。ようはよく分からない。
私は多兄弟だが、そのうち左利きは私とすぐ下の弟だけ。そしてツムジが左巻きなのはすぐ下の弟だけで、私は左巻きと右向きの2つある。後の兄弟はみんな右向き。それはそうとして、私はすぐ上の兄とは仲が悪い。実によくケンカをした。高校生の頃、本気で血だらけになって喧嘩をした。母親に言わせると、どちらかが死ぬと思ったらしい。それほど互いを嫌っている。大人になってからはそんなことも無くなったが、ここ30年ぐらいで互いに顔を見たのは1度だけ。それも30秒も顔を合わせていなかった。この年でもうこれなのだから、後は母親が亡くなった時に顔を合わせるかどうだろう。だからもう1度あるか、ないかだろう。

世間には仲の良い兄弟がほとんどだろう。わしも他の兄弟とはそんな感じた。しかし、兄弟であっても生理的にダメと言うのはある。その反面、「わたしの臭いが大好き」なんて言っていたオンナも結局、他のオトコに寝返った。
生理的にダメなのと、お金がなくやっぱりバカなのでは、どちらがペケなのだろうか。

いつもそうなのだが、わたしの問答は結局レベルが低すぎ、やっぱり相手にされないのだろうか・・・。
撮影日:平成28年9月25日

2016年

09月28日

(水曜日)

芝生広場

芝生広場
芝生広場
芝生広場
この間、多摩市の都市計画でつくられたいくつかの公園に久しぶりに出かけた。
多摩市には芝生広場の設置された公園がいくつもある。新設された当時は、新しく生まれたこの街に来たばかりの「ニューファミリー」がこうた芝生広場で楽しくお弁当を食べたりして、楽しんでいたのだろう。しかし何年ぐらい前からだろうか、そうしたばっちり都市計画された街も高齢化が進み、空家も多くなってきたと聞く。確かにその地区の小中学校の統廃合もよく耳にし、私の気に入っている公園のとなりにあった小学校も廃止されてしまった。

久しぶりに行った芝生敷きの公園にも殆ど人がいない。大きな公園にいたのは一人寂しくベンチに座る年寄りがバラバラと数人いただけ。芝生広場を元気に駆け回るような子供たちは全くいなかった。

都内にも芝生広場をもつ公園はいくつもある。都心で言うなら、例えば都立代々木公園や都立砧公園などがそうで、少し郊外に行けば都立水元公園などにはとても大きな芝生広場があり、ちょっと違うが国営昭和記念公園にも立派なものがある。どこも自由に立ち入れる。しかし、私たちが子どもの頃は都立日比谷公園をはじめ、多くの公園の芝生広場は何故か立ち入り禁止地区だったのだ。だから芝生広場はお上が恵んでくれる「床の間」みたいな場所で、偉い人々に見せびらかす明治時代の「鹿鳴館」でしかなかった。だから芝生広場は足の下が気持ちよさを感じる場所ではなく、あくまでも頭の中で「気持ちいいだろうな、楽しいだろうな」と妄想する場所に過ぎなかったのだ。
学生時代に地方から出てきた奴と一緒に日比谷公園に行ったら、そ奴が何の躊躇もなく立ち入り禁止の芝生広場に入って行こうとしたことに、慌てたことがある。そ奴は公園の芝生広場が立ち入り禁止と聞いて、酷く呆れていたのを今でも思い出す。しかしそ奴は芝生広場が立ち入り禁止だと知らないばかりか、芝生の上すら歩いたことのない山奥から、東京の学校へ入学してきたのだ。

この芝生広場は東京池袋にリニューアル開店した全く新しい公園。今の若い人は公園の芝生広場は自由に出入りできる場所と、みんな思っている。それはそうで構わないのだが、ここに至るまで、どれ程の人々が公園管理者と言う生意気なガキどもから「そこ、入っちゃダメ、どうしてそんなことも分かんないんだ」と見下されてきたかと思うと、妙に腹が立つ。
そんな恨みを晴らすため、必殺仕置き人に何かを依頼するほどの小判も持ち合わせていないのが、残念で仕方ない。

2016年

09月27日

(火曜日)

ヤマボウシ

八百屋やスーパーでは売っていない果実で、じつによく食べたものの一つが、このヤマボウシである。
秋雨前線が滞るこの季節、ヤマボウシの実が真っ赤に完熟する。皮が少しごわごわするが、発酵臭があって、自然のものとしてはじつに美味しい。今はもう、地べたにいっぱい落ちているので、その辺りには独特の香りが漂っている。だが食べる場合、一つだけ注意が必要。それは地べたに落ちたヤマボウシは決して食べてはいけない。少しでも時間が経つと、虫が入ってくる。虫を間違って口に入れたくなければ、決して地べたから拾った実は食べていけない。

梅雨の季節はヤマモモの実やクワの実、初夏はキイチゴ類、夏はダイオウグミやナツグミやユスラウメ、そして秋はこのヤマボウシやアキグミやムカゴやシイノミ、そして晩秋から冬にかけてはガマズミやムクノキの実、毎年最後は冬イチゴ・・・等々が、わたしの自然の味覚だ。
なかでもヤマモモとヤマボウシは、最初の公園調査時じつによく食べた。小さな実なので齧ったと言うほうが正解かもしれない。一般に売られている果実のほうが当然のごとく圧倒的に美味しいしデカい。

その頃は、フリーライターの仕事も殆どなく、ほぼ無職で、僅かな蓄えでその場を凌いでいた。学生時代の知人たちからは「1億の仕事をまとめた」とか、「家を建てた」とか言う話が聞こえてくる年頃だったのに、こっちは公園や街路樹で熟している小さな木の実を齧りながら、仕事でも何でもない「公園調査」をあんがいまじめにやっていた。そうした切羽詰まった状況に置かれていたから、その時によく齧っていた木の実の味が私の体に沁み込んでしまったのかもしれない。いやそれだけではない。私は子供の頃からずっとそんなものばかり齧って甘いものを食べていたのだ。確かに駄菓子屋でもみんなと一緒に駄菓子を買って食べたが、私はいつも5円分だけだからすぐに無くなった。そうすると、今度は柿や桑の実を見つけに、そこいらの茂みを走り回っていた。
自然の味(素材の味)が特別好きなわけではなかった。人工甘味料で味付けされた駄菓子のほうがじつは大好きだった・・・のだ。
撮影日:平成28年9月25日
ヤマボウシ
ヤマボウシ
ヤマボウシ
ヤマボウシ

2016年

09月26日

(月曜日)

カラタチ

カラタチの実が黄色く色づいた。
カラタチの実の利用は果実酒や、未成熟の実を乾燥させたものを枳実(きじつ)と呼ぶ生薬になるぐらいで、他には生垣ぐらいにしか利用方法はなかった。住環境の変化で生垣なども少なくなり、残るは温州ミカンの台木ぐらいだろう。しかしこの台木も病気に強いことや結実期が早い利点もあるようだがその反面、ユズやナツミカンの台木に比べると寿命が短いと言う欠点もあり、種々選択に難点もある。

私の知る限り、公園などに植えられているカラタチの実は色づき後、誰に採られることもなく黒ずんで腐ってしまうのがほぼ100%だ。
花は素朴でいかにも日本風で「カラタチの花が咲いたよ」と伝えられれば、それだけで里山にも春がやって来たことが分かる。しかし本当の原産地は長江上流であるようだ。

ようは、もうろくな使い道も残されていないカド番中のカド番で、もうそろそろ引退にか残っていない大相撲の豪栄道みたいなものだ。この力士は大関に昇進以来、ずっとダメだった。生き残る道はか細いと、みんなが言っていた。しかし豪栄道は今場所、全勝優勝し、横綱への道が輝きだした。人知れず努力したのだろう。
そうした道は誰にでも残されているが、多くの人はカド番に耐えきれない。私は今の仕事に救われた感があるが、それも今年はなかなか大変で、息が切れそうな日々が続いている。私にもまたカド番がやって来ているのかもしれない。耐えられるだろうかは、私自身にかかっている。

しかし、カド番中のカド番に立たされていたと思うカラタチに、近年の研究により、カンキツトリステザウイルス(CTV)に対する免疫性のある機能性成分の一つオーラプテンを高濃度に含有することが明らかになってきた。オーラプテンはその他にも発ガン抑制作用や抗炎症作用、そして脂質代謝改善効果やメタボリックシンドロームに伴う炎症反応の緩和効果等を持つと言われる。
そう、未来に輝く展望が期待されている植物への望みが出てきたようだ。

しかし、だからと言って、誰も食べることが出来ない実が、短い年月を経て、食べられる果実に生まれ変わる保証など微塵もない。これからも果実としてのカド番は当分続くのだろう。ずーっと続くかもしれない。
頑張ろう、カド番諸君と共に・・・。
撮影日:平成28年9月25日
カラタチ
カラタチ
カラタチ

2016年

09月25日

(日曜日)

池袋の全面リニューアル公園

池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
池袋の全面リニューアル公園
今年の4月、ほぼ5年ぶりで全面リニューアル開園された池袋東口から徒歩5分もかからぬ場所にある。公園名は南池袋公園で、リニューアルされても公園名は変わらなかった。これで池袋駅周辺にある公園は立教大学方向にある西池袋公園を除きすべてリニーアルされた。何処も此処もタイプの違う公園なので、私のような公園調査の専門家から見ると、それなりに面白い。
さて、一人取り残された西池袋公園はどうなるのだろうか。

南池袋公園は私が高校に入ったころから、もう既に古い公園で、不良とヤクザと得体のしれないオンナと宿なしオトコの巣窟だった。そう言えば、得体のしれないやさぐれ人間ばかりが屯していた職安裏の公園も10年ほど前に全面リニューアルされ、丸で違った公園に生まれ変わった。私はあんがい得体のしれないやさぐれた公園も好きだし、夜中に爺さんが一人でブランコを漕いでいる姿も何故か好きだった。私もそんなふうにして死にたいと、今でも思っている。

公園施設を取り扱っていた会社の社長が、公園不況で遊具などがほとんど売れず、仕方なしにやっていた公園施設の安全点検仕事で、全面改装前の南池袋公園に公園施設点検に行った。そしてその日の夕方、少し咳き込んだような声で私に電話をしてきた。
「池袋にはとんでもない公園がある。
史上最低の公園だ・・・」等々と、いかにも新発見をしたしたような声ぶりだった。
だから私は落ち着いた声で返事をした。
「あの程度のホームレスがいて、園内が汚れていて、犬の糞がばら撒かれている公園は他にもあります。
もう50年ぐらい、あの公園はあんな状況です・・・」と。

そう言えば、最初の公園調査のとき、確か台東区の吉原にほど近い公園では、ホームレス氏が全員寝転んでいた。その公園もその後、この南池袋公園と同様に水道工事の資材置き場となり、数年間閉鎖された。その後リニューアルされたと聞くが、今どうなっているのかは知らない。

この南池袋公園には立派なティー&レストランが入る立派な建物が立ち、その建物の後ろ側数十パーセントはやはり立派なトイレが造られ、園内は植栽など一部施設を除くと全面芝生貼りで、テラスコーナーも付設されている。遊具コーナーには最新型の遊具が設置され、地べたはウッドチップ敷きになっていた。そしてその脇には雨でも腐らない卓球台が2つ設置されていた。
そしてこの園の地下には大型の駐輪場が設置され、エレベータも付設されていた。

ただ、私が思うに、以前の南池袋公園の敷地が水道工事の資材置き場に利用されなければ、本当にこんな風に生まれ変わったかどうかは、かなり疑わしいと睨んでいる。それはそうとして、この公園もまた池袋の新しい名所の一つになるかもしれないし、結局そうはなれないかもしれないの分かれ道は、利用者みなさんのこれからにかかっているのは確かだろう・・・。
撮影日:平成28年9月25日

2016年

09月24日

(土曜日)

ホソバオケラに蝶

ホソバオケラに蝶
ホソバオケラに蝶
ホソバオケラに蝶
ホソバオケラは蝶やその他の小さな昆虫たちに大人気。何がそんなに魅力的なのかは知る由もないが、それなりの理由はあるのだろう。
この「東京の公園」とは殆どなにも関係ないブログも近頃、何となく誰かさんに読まれているようだ。他人に読んでほしいようなことは何一つ書いていないし、書いてきたつもりもない。また誰にも読まれることのなかった頃から、内容に然したる違いもないと思うのだが、唯一理由があるとすれば、それは私がジジイーになったことぐらいだろう。さりとて人間が丸くなったこともなければ、友だちが増えたことなど断じてない。出かける場所も、数十年公園と里山にしか行かない。写真はピンボケが多く、美しい風景を撮っても、どれもガラクタにしか映らない。また近頃の若者のように美味しいものを食べることもないので、そんな写真をアップすることも出来ない。だって、毎日食べているのがタクワンとか、安売りのカップ入り茶碗蒸しとか、380円の寿司セットとか、300円均一の中華弁当なんかばかり。そんなものばかりをインスタグラムなんかにアップしたら、日本人の和食文化を計り知れないほど裏切ることになる。わしはあんがい嘘もつかないし、他人を裏切ることもしないで生きてきた。しかしそれが自慢なことなどと思ったことは一度もない。単に融通の利かないつまらないオトコでしかない。蓮舫に言わせれば「つまらないオトコ」である岡田前民進党代表と同じなのかもしれない。私は人間が小物だから、ババァーの蓮舫にそんなことを言われれば、2.3発殴り飛ばすところだが、岡田は記者会見で「そうですか」としか言わなかった。

オンナにはずっと捨てられ続け、幼稚園は中退し、高校へは裏口入学し、大学は補欠で入れてもらった。就職試験ではどこにも相手にされず、結局小さな飲み屋の雇われ店長を数年続け、酔っぱらった客のゲロばかりを掃除していた。しかし不思議なもので働くこと自体は一度たりとも嫌にならなかった。ジジイーになった今でも結構喜んで仕事をしている。一人ぼっちでしているしている仕事だが、あんがい性に合っているのかもしれない。

毎週末、公園や里山に行って植物や花を見て一人喜んでいる。今年はもうトリカブトも見たし、後は早くリンドウの開花を見たいと念じている。いろいろ好きな花はあるが、やっぱりリンドウが最高でしょう。リンドウしかありません。
撮影日:平成28年9月24日

2016年

09月23日

(金曜日)

一輪ヒガンバナ

DSCN5453.jpg
以前、わたしの好きな一輪ヒガンバナのことについて、少しだけ書いた記憶がある。
その公園に行ったが、残念かな、少し早かったせいもあるのだろうか、発芽してすらしていなかった。或は去年あたりで宿根の命は尽きてしまったのだろうか。どちらにしても、もう今年は見に行く機会もないので、これ以上は何とも書けない。しかしそこから少し離れた場所で新しい一輪ヒガンバナを見つけた。しかし明るくて広い空間に一輪だけ咲いていたそれとは違い、こっちは薄暗い茂みの中で一人静かに咲いていた。人目をはばかって生きるのも、人気者アイドルとして自由を奪われるのも、どちらがどうとも言えないが、多くの「生き物」はそうしたこととは無関係に生き、そして朽ちる。それですべてが終われはいいのだが、なかなかそうはいかない。人間の証明も野生の証明も結局は一緒で、何も残らない、そして何も残さないのが一番なのかもしれないが、それが難しいことは屍の歴史が証明しているのではないだろうか。

今日、雨の中、買い物帰りにフッと気づくと、小さな祠の脇でヒガンバナが咲いていた。その中に僅かにピンク色をしたヒガンバナを見つけた。これも秋分の日の思し召しだろうか・・・。
撮影日:平成28年9月17日

2016年

09月22日

(木曜日)

ユズ

ユズ
ユズ
まだ口には出来ないが、今頃の真っ青なユズは本当に生き生きしていい色合いだ。
色づき、完熟した果実もそれはそれでなかなかだが、完熟前の果実もじつに素敵だ。

里山ではもうアケビやミツバアケビが実を大きくしている。本当は今日、とある里山に行って、それを採ってこようと算段していたが、雨で出来ない。本来なら色づいちものを採りたいのだが、それまで待っているとだいたいは先に採られてしまう。だから今頃もぎ取って部屋の中にほっておくと、やがて色づき実が割れてくれる。それでも十分甘くおいしい。

都会の公園に植えられているのは同種のムベだ。形も色合いも同じだが、完熟しても実は割れない。だから自然の状態で里山などにあることはめったにない。またなぜだが知らないが、完熟しないうちに萎み、腐ってしまうこともある。栄養の問題だろうか。

それにしても雨が多い。緑の多い都内の公園でもキノコがいっぱい生えている。ほとんどは毒キノコか食べられないキノコだろう。
決して手を出してはいけない。またむやみに近づくことも止めた方がいい。近づいただけでかぶれたり、影響を受けるスーパー猛毒キノコも身近な公園にある。
因みに、わたしがたまに行く都立公園にも、ここ数年猛毒キノコのカエンダケがにょきにょき生えてくる。
撮影日:平成28年9月15日

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 プロフィール 

東京公園雑記管理人

  • Author:東京公園雑記管理人
  • 公園情報センターのブログ「東京公園雑記」です。
    現在、おこなっている東京23区公園全データ・最新版における調査で、見聞きするいろいろを書きます。
    暑いときは熱い話を、寒いときは冷静な話などを書いていければと思います。写真は全てに添付します。
    ご期待ください。

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